なんでもいいんだよ。

私の哲学のたれ流しと拡大。

2日間家から出ない生活でも。

久々の何も予定のない連休で、2日間家から出ずに過ごしています。

あやぱんです。

 

私、双子座なんですけど。

で、占い師のしいたけさんの占いが好きでよく読んでるんですけど。

voguegirl.jp

 

しいたけさんの占いの双子座のところに「双子座はめっちゃ社交的なのに、時々誰とも会わずに引きこもりたくなる時もある」的なことが書いてあって(うろ覚え&意訳なので全然違うかもしれませんすみません)。

 

それ読んで、あーめっちゃわかるー。って思ってました。

 

めちゃくちゃ行動的で人に会いまくったと思えば、反動でまっっっっったく何にもしたくなくなる、ダメ人間な日々を送ることもあります。

 

そんな振れ幅がある自分を認識して。

それを認めて。

「2日間家から出なくても別にいいじゃん!」って。

そんな自分が自分らしく生きれている環境に感謝する日々。

みんなありがとうございます!!

 

今日はシェアメイトがチーズダッカルビ作ってくれて、これからシェアメイトたちとゾンビ映画見ます。

なぜか今、シェアハウス内でゾンビ映画が流行っているww

 

おわり。

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「自己否定」と戦えることが自慢です。

以前、主催したセミナーの質問コーナーで聞かれたこと。

 

「あなたの自慢できることはなんですか?」

 

じ、自慢できること!?

 

他の登壇者が答えてる間に、一生懸命考えたのだけど、なかなか思いつかない。。。

 

いやあ、自慢できることー、ないなあ。。。

 

要は、自己肯定感が低いのです、私。

いつもいろんな人に助けられながら生きているので、自分自身のスキルで自慢できることって、あんまりないし(あ、そういう人脈があるっていうのは自慢なのかな)。

 

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そこでふっと思いついたのが「自分を責める自分と戦えること」だった。

 

どゆこと?

 

はい、説明しよう!

 

私って結構、

 

「行動力があって」

「バリバリ進んでいて」

「うえーい!」

 

みたいなイメージを持たれるようで。

まあ、そういう風にブランディングしているし、実際多くの人とはちょっと違う生き方をしている実感もあるのでさもありなんなんですが。

 

でもそれって「自分を責める自分」と上手に付き合えてるからだな、と思うのです。

 

「え!ほんとにそんなことしていいの!?」

「他の人はもっと〇〇してるよ?」

「その年齢ならみんなもう〇〇でしょ」

「そんなことしたら叩かれるんじゃない?」

「もっとちゃんと考えて行動した方がいいんじゃない?」

 

という、「自分を否定する自分」や「世間の常識という枠に収まろうとする自分」を、

 

「まあまあ」

「いいからいいから」

「よしよし」

「大丈夫、大丈夫」

「そんなこと言ってあなたそれイヤでしょ?」

 

と、うまーくなだめすかして、奮い立たせて、

 

「私はこれがいい!」

「これが好き!」

 

っていうことを、誰かの意見とか目線に流されずに、自分で決めて、決断するってこと。

 

これがほんっっっっっっっっっっっっっっっとーーーーーーに、難しくて。今でも時々空気読んじゃうんだけど、これがちょっとでも意識できてるってことが、私の自慢かなと思って、その時はそう発言した。

 

参加者のみんな「意外〜」みたいな顔してたので、ブログにもしたためてみた。

私の自慢です。

何かをスタートさせるとやってくる壁について。

何かを「やってみよう」と思って取り組むと、初期の段階で何か上手くいかないことが起こったり、つまずいたりすることがある。

 

私はそれを「何かをスタートさせるとやってくる壁」と呼んでいる。

 

その壁を打ち破れるか、乗り越えられるか、回避するか、見なかったことにして道を引き返すかは人によってリアクションが違うのだろう。

 

壁を打ち破ったり乗り越えたり、うまく攻略し続けた人は人間的に強くなっていくイメージがある。

 

かくいう私も、このブログをはじめて最初の壁にぶち当たっている。

 

「何かをスタートさせた途端に別件で忙しくなる」という壁だ。

 

しかし私も個人で起業した身。

 

この壁に対しては既に対策をしてある。

 

それはこのブログのタイトルだ。「なんでもいいんだよ。」とあらかじめハードルを下げ、すごく小さいステップから物事を積み上げることで、壁の乗り越えが容易になる。

 

思うに壁の乗り越え方は2パターンある。

 

①根性や工夫で乗り越える。

②最初から壁を低くしておく。

 

今回のケースで言えば、①の場合、睡眠時間を削ってでも習慣化するまでは毎日書き続けるとか(2週間もすれば歯磨き同様やらないと気持ち悪くなるくらいには習慣化できる)。

例えば空き時間でも文が書けるように、音声を文字変換するアプリを入手するとか。

 

②は前述の通り、タイトルやブログテーマを絞らず気楽にやるとか。

更新するとしても、写真1枚に文章一行だけにしてみるとか。

 

私はとにかく頑張ったり苦しいことが苦手なので「いかに楽にできるか」「壁に出会った時にいかに楽に回避できるか」を常に考えたりしている。

 

何をやってもうまくいかない、なんでも長続きしない、という人は、この壁との向き合い方自体を変えてみることをオススメする。

 

何も全ての壁を全力で乗り越えなくても、活路は見いだせるのだ。

「ツンとするまち、仙台」の起源。

前回の記事で「ツンとするまち、仙台」の連載をスタートさせた。

 

今日は私が仙台を「ツンとする」と感じた起源について書こうと思う。

 

突然だけど、仙台は首都圏に本社を置く会社の支店が多い。

仙台は「支店経済」だといわれるほどである。

それ故に、転勤族と呼べれる人たちも多く住んでいる。

毎年約2〜3万人の転勤族が仙台を出たり入ったりするのだそうだ。

 

私は転勤族ではないけれど、私の母は北海道から仙台に嫁いできた。

私が進学したのが私立だったということもあり、私は「地元との繋がり」みたいなものをずっと希薄に感じていた。

ビルの丸々ワンフロアが自分の家だったし、上下に入っているのはオフィスだったので、「ご近所さん」も「お隣さん」も「幼馴染」もいなかった。

最近はこういう人、多いのかもしれないけれど。

 

だから、生まれてこのかたずっと仙台に住んでいるのに、私と仙台の距離は遠い。

 

「あの店は古くからの老舗なんだよ」

「この地域で〇〇と言えばここだよ」

 

初めて耳にする情報がたくさんある。

28年も住んでいるのに、新鮮だ。

 

だから私は、このまちを出ないのかもしれない。

首都圏への渇望がないのかもしれない。

この土地のことをもっと知りたいのかもしれない。

 

近いのに遠い、私の地元。

好きかといわれると、実はそうでもない。

ありきたりで、普通の、ただのまちだと思う。

 

このまちでの、私の中の歴史がないから、愛着もない。

 

だからこのまちのことを思うと、胸がツンとする。

 

私のルーツはどこ?

私の「まち」はどこにあるの?

 

いま「まちづくり」という言葉が私の周りに溢れているのは、私自身はそういう気持ちを抱いているからなのかもしれない。

 

私は、自分自身の「故郷」を、自分の手でつくっていきたいと、思っているのかもしれない。

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「ツンとするまち、仙台」シリーズスタート。

シリーズスタートに寄せて。

 

ブログで書き留めておきたいことの一つに、「ツンとするまち」というシリーズで連載したいことがありました。

 

今、私が生きているこの土地、仙台で感じる、なんとも言えない感覚。

 

それを「ツンとする」という表現にして書き留めておきたいと思った。

 

ツンとする、っていうのは、例えば冬の空気を鼻から吸い込んだ時の鼻の中の感覚とか。

例えば帰り道にただよってくる、よその家の夕飯のにおいとか。逆にそのにおいがしない時とか。

例えば、ナショナルチェーン店ばかりが並ぶ商店街を見た時とか。

 

なんかそんな感じの、良い、とも、悪い、とも言えないようななんとも言えない感覚を、この土地で生活を送っている中で感じることがあって。

それを留めておくことで、この先私がこの土地で何をしたら良いのかが見えるかもしれなくて。

 

そんなシリーズをスタートしようと思います。

まずはスタート宣言。

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